「新年の挨拶」と「PV云々」と「ケンドリック・ラマー」について

●新年の挨拶

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新年あけましておめでとうございます。2016年は34歳になってしまうため、すでに憂鬱気味というか、元旦から生活サイクルを崩して5時就寝→15時起床というクズっぷりを発揮中です。どう足掻いても改善しないので、強引な仮眠を挟んでそのまま起きるぞ〜!

さて、「お前は今年34歳だぞ。分かってんのか?」と天の声が燦々と降り注いでくるんですが、鏡を見たときに年齢を感じるだけで、それ以外は20代の気持ちそのものじゃないですか。人間は数字と比例して成長しません!って義務教育で教えるべきだと思うんですが…40歳になっても変わらないのであれば、いっそ年齢なんて概念捨てた方がラクじゃないですか。どうでしょうか。いっちょ、同じタイミングで年齢の概念を捨てるってのは。そうすれば厄年からも逃げられるんじゃないのかなぁ。無理かなぁ。

クリスマスに「金玉が卵みたいに腫れてる!!病院行きます!!」と叫んでいた本厄の同僚が、そのまま金玉一個取っちゃったので年齢に対して怖くなってきます。

 

●WEBメディアのPV云々について

新年早々、こんな話題で地味に盛り上がっていますね。昨年の半ばあたりから「PVの話をするのは古い!」みたいな風潮を目にしているんですが、別にどのメディアがどんな評価指数を持とうが自由だとは思います。まず前提として。ただ、全体論として「PVは終わった! これからは複合的な評価指数が必要だ!」と語られると「決めつけないでー!」と思っちゃうし、「いやいや、そこはメディアの性質によって異なるだろう」と少し異を唱えたくなりました。

 

  • 記事タイトルで釣れるし、ページ分割で水増しできるPVに価値はない
  • 炎上を狙った内容でもPVを稼ぐことは容易である
  • SEO施策やマーケティング広告にお金をかければPVは伸びる

などなど、このあたりが問題っぽいです。

 

まぁ、そういった話は一旦置いといてですね…。そもそも誠実に記事を作っている人たちのこと無視してない?

「釣らず」「燃やさず」「広告費をかけず」の地道な世界で淡々とやっていると、良い記事はPVが伸びるし、間口の狭いそうでもない記事はPVが伸びないものです。特に元のアクセス流入がない離島感覚のWEBメディアを運営していると、SNSの反応は正直に出ます。

企画性×タイトル×おもしろさが噛み合えば、自然発生的にシェアされるんですよね。ダメな記事をいくらページ分割しようが、広告費を使って露出を増やそうが、過剰な情報量を浴びている読者は、シビアにクリックしているんじゃないでしょうか。誰だって汚いゴミをわざわざ拾いたくないし。

えー、つまり前述の「メディアの性質によって異なる」からこそ、全体論としてPVに価値を置くのはダメだ!って風潮は怖いなーと。良い記事を作る努力をして、そこに満足せずに届ける工夫をすれば、 おのずと読者の支持(=PV)は得られるはず。強いて言えば、改めてPVと向き合うことも大事なんじゃないかと思っています。

 

●ケンドリック・ラマーが天才すぎる

話変わって、眠れない夜を過ごしていたらですね…なんとなくYoutubeのMVを漁る時間が生まれるじゃないですか。一人盛り上がるやつ。そこで偶然出会った「ケンドリック・ラマー」というラッパーが痺れるほどカッコ良くて。ラップ、音はもちろん、MVのセンスも最高。3000万回再生とか、世界的にはとっくに有名人みたいでした。知らなかったー。損してたー。とりあえず聴いて!5分だけ時間ください!

 

 

 

ね? とりあえず、この3曲のMVが最高すぎたので早速アルバム買いました。

 

To Pimp a Butterfly

To Pimp a Butterfly

 

 

いやー、アメリカのヒップホップは数年聴いていなかったんですが、なんかすごいことになってるんですね。DJプレミア好きには、Joey Badass、PRhymeのMVもツボなんじゃないかと思います。どうなってんだよ。もう、どれもこれも、かっちょいい〜!!

 

 

 

 

以上、個人ブログはラフに書けばいいじゃないですかの精神でお届けしました。今年もよろしくお願いします。