「悔しさ」を感じるために未体験ゾーンへ飛び込んでいます

毎度、柿次郎です。30歳になってから「うおおぉぉ!悔しい!マジで悔しい!」みたいな感情が減ってきたなーと。悔しさのあまり道端に放置されている自転車蹴飛ばすようなさ! そして我に返って後悔するようなさ!


基本的に僕は「今に見とけよ…」の精神でこれまでやってきました。といっても、25歳まで何かに打ち込んだこともなければ、胸を張って努力したと言えるようなことがないクソ野郎だったので、正直「今に見とけよ…」も「いつか見とけよ…いや、なんとかしてくれよ…」でした。唯一、自慢できるのは5年間休まずに新聞配達を続けたことくらい。元号違いの西川きよしかー!桂ざこばかー!


現在は、株式会社バーグハンバーグバーグという割と名前が出始めている組織の中で、かつ全員友達というノーストレスな環境で働いています。やり甲斐とプライドを持って日々業務に取り組んでいますが、かつての底辺から滲み出る悔しい感情は良くも悪くも減りつつある…。だったら別のフィールドで悔しさを意識的に生んで、その悔しさを跳ね返した喜びを得ようじゃねーか! 


そこで始めたのが「登山」。そして登山を続けるための「体力作り」です。まず悔しさの火種は、実力以上の環境にあえて飛び込むことで生まれます。Mr.運動不足かつ、昔取った杵柄が餃子の皮みたいにペラペラですからね。まぁ、登山をする度にボロボロ。「老人も女性も子供もスイスイ登ってるのに!なんで俺だけダメなんだー!」という台詞が頭に浮かびます。あれ、これって…?


はい、「悔しい感情」生まれた。


この登山で生まれた悔しさを2段階上のレイヤーに飾ります。神棚みたいに届かない位置へ。次に、この「悔しい感情」をどう処理すべきか? 僕が選んだのはジムに通って、イチから体力づくりに励むこと。身体を支える筋肉を鍛えつつ、長時間の登山に耐えうる持久力をつけるのが目的です。毎月の会費もバカにならないし、健康的な食事は金と手間がかかる…。それぐらい追い込まないと、2段階上の「悔しさ」まで覚悟が届かないんじゃないかなーと。


週2回ぐらいジムに通ってトレーニングに励んだんですけど、結果が出る時もあれば、結果が出ないときがある。当然ですよね。さすがに1ヶ月間通った成果が出なかったときは、同じレイヤー上の「悔しい感情」がメラメラっと燃えましたね。ジムに行けない日も、自宅で腕立て伏せを80回ぐらいやったり、ノンオイルのツナ缶食べたり、向き合い方をガラっと変えました。


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そして昨晩、思い立って10kmランに挑戦!(それまでは5kmが最高) 燻っていた「悔しさ」が燃料となって、約1時間10分で何とか走り切ることができました。頭の中は「今に見とけよ…」が表面張力状態でヒッタヒタ。10km走ったのも15年ぶりぐらい。元々、長々と走るのが苦手というか、走り出すとすぐに横っ腹が痛くなって、「あ、俺はそういう体質なんだな」と、甘えの末っ子が顔を覗かせていたんですよ。ただ、横っ腹が痛い状態でも走り続けていたら、不思議なモノでいつしか平気になる。末っ子は立派に旅立ちました。30歳でも身体は変わるぞ!


というわけで、前向きな気持ちさえあれば「悔しさ」は生まれるはず。重要視すべきは、その「悔しさ」を風化させないような行動力を持ち続けることかなーと。この理屈は「登山」に限らず何事にも置き換えられると思いますが、“早漏”の悔しさだけは解決の糸口が一向に見つかりません。努力というか手術…?