本003 - 「憂鬱でなければ、仕事じゃない / 見城徹、藤田晋」

憂鬱でなければ、仕事じゃない

憂鬱でなければ、仕事じゃない

幻冬舎見城徹社長とサイバーエージェント藤田晋社長の共著である本作。世代は大きく違えど、どちらも前例のない会社を作り上げて上場させたという共通点を持っています。本の構成は、2人が共通して感じる考え方(格言)に対して、各々が実体験に基づいた解説をするというもの。タイトルの「憂鬱でなければ、仕事じゃない」もその格言の1つです。

非常によく出来た構成で、頭に言葉が残りやすいのはもちろん、小一時間で一気読みしても満足度が高い。「極端」だからこそ人の心を動かす…ちょうど良い塩梅に仕上がっています。

全体を通して僕が感じ取ったこと…それは「人(=仕事)を動かすのは、計算に基づいた無償にも近い努力をどれだけ費やせるのか」ということ。一文に凝縮するとこうなりました。間違ってたらすみません。小指折ります。そのための方法論は、SNS上で話題になるような奇をてらったモノの考え方とは正反対の“昭和イズム”感が満載。これが最高なんです。

まず、「コミュニーケーション」という大枠で印象的だったのがこちら。

・かけた電話を先に切るな
・パーティには出るな
・切らして渡せなかった名刺は速達で送れ
・行く気がないのに今度飯でもと誘うな
・初対面の相手とカラオケへ行くな

なかでも「かけた電話を先に切るな」に対して添えられたコピーこそ、見城社長の根本的な考え方を反映しているんじゃないかな、と。

本来マナーは、人間の意味ある行動が形骸化したものである。
しかし、ビジネスにおいて、それは目立たぬように見せかけながら、
生々しく息づいている。

日本人に根づいているはずの「礼儀」や「義理」。こと最近の若いビジネスマンは、既存の考え方を古いと切り捨てて、とってつけたような理由で「礼儀」や「義理」をこと欠く。それは本人にとって問題のないことかもしれないが、評価をするのは他人である以上、そこにあぐらをかいて失敗するのはもったいないのではないか? こんな風に自己解釈をしました。間違ってたらすみませんね。大腿部折ります。

実際、僕も“私服で働けるゆる〜い会社”で働いているため、最低限のエチケットやマナーはより一層守らなければいけないと考えています。常識を侮ってマナーをサボることで、どれだけ損をするのか。むしろ、コミュニケーションにおける入口(=挨拶)と出口(=御礼)をしっかりするだけで、人の印象は大きく変わるんじゃないかなーと。体育会系が評価される理由は、これぐらいシンプルなことかもしれません。

また、仕事面の言葉で胸に響いたのがこちら。

・憂鬱でなければ、仕事じゃない
・小さなことにくよくよしろよ
・「極端」こそ、わが命
・スムーズに進んだ仕事は疑え
・スポーツは仕事のシャドーボクシングである

タイトルの「憂鬱でなければ、仕事じゃない」は、憂鬱だと感じる仕事ほど大きな反発力を生んで、それをやり遂げると確かな成長に繋がるという意味。「これはしんどそうだな…」「自信がないから嫌だな…」そんな“心の迷い”が生まれたときこそ、何も考えずに前へと踏み出すことが新たな価値を生み出すことができる。コピーの力強さも然ることながら、良い考え方ですよね。逆に慣れ親しんだ「楽な仕事」で得られる価値なんて知れてるんだなーと。新しいことに挑戦し続けないと人は停滞して、飲み屋で昔話だけで盛り上がるオッサンになる気がする。こえー。こえー。

というわけで、これまでになかった斬新な考え方をまとめたというよりも、ベーシックな仕事術や発想をよりタフでマッチョな言葉まで落とし込んだ一冊です。